第36回歴遊会かねさはアーカイブ
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第36回 歴遊会かねさは アーカイブ資料
日時:2026 年2月27日(金)13:30~
場所:龍華寺地蔵堂1Fホール
出席者:
平山(ネット不調で参加できず)、岡、山本、水町、鈴木、飯塚、宮崎、吉武、廣瀬、
配布資料:
① 本プリント 講演・展示会チラシ等その他
進行
(1)次回第37回予定: 2026年3月26日(木)
(2)近況紹介・自己紹介 (プレゼン者以外の方)
(3)今回の話題等:
東京湾を挟む両岸関係史・・・岡 資料:oka.pdfをダウンロード
「洲崎の古文書」の内容・・・飯塚 資料:iizuka_227.pdfをダウンロード
「畠山重忠と畠山城跡(陣地)」木古庭という地名との繋がりを探る・・・宮崎 資料:miyazaki.pdfをダウンロード
埋め立て直前の富岡海岸カラー化画像・・・水町 資料:mizumachi.pdfをダウンロード
洲崎砂州における地上水脈についての一考察 および六浦南部地形・・・山本 資料:yamamoto.pdfをダウンロード
コメント
廣瀬隆夫
2026年3月13日 (金) 18:59
「洲崎の古文書」の内容で、小泉の夜雨を江戸時代は”こいずみのやう”と呼ぶとは知りませんでした。関靖さんの『かねさは物語』では”こずみのやう”なので、おっしゃるように、これ以降”こずみ”になったのかもですね。地元の人に聞いてみたいですね。
野島の夕照も”ゆうしょう”か”せきしょう”かという議論がありますが、私は、夕照橋は”ゆうしょうばし”と呼んでいます。
高舟台という地名も、本当は高宗台だ、と父が言っていました。高宗 ⇒ たかむね ⇒ たかぶね ⇒ 高舟から高舟台という地名にしたらしいです。ちなみに、高宗は、そのあたりに住んでいた刀鍛冶の名前と言われています。高宗の谷戸で、侍従川の砂鉄から玉鋼を精錬して刀を作っていたという言い伝えがあります。
山本宏文
2026年3月13日 (金) 22:05
廣瀬様 早速の書き込みありがとうございます。
地名には必ず由来があると考えています。漢字表記は便利ですがその為に本来の姿がゆがめられてしまうことも多くあると思います。あくまでも人々の言葉は表音文字のひらがなで表現するのが適切ですが、その時代に行って聞きとってこれない現在では、私たちがこの時代でいろいろな証拠を集める事で近づいていくしかないですよね。こずみ→こいずみ 高舟台→高宗台可能性を列挙しておくことが必要ではないでしょうか?